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生き残る企業のパンデミック対策。財務影響から考える事業継続戦略とは。講演内容を紹介。
日立製作所 総務本部リスク対策部 部長小島俊郎氏 生き残る企業の パンデミック対策 最悪の想定より大切なもの 日立製作所の新型インフルエンザ対策 財務影響から考える事業継続戦略 66 リスク対策.com 2009/09 ■企業の重要課題 9.11テロを契機に企業の重要課題として注目さ れてきたのがBCP(事業継続計画)です。当時、 メリルリンチは3時間で事業を復旧したといわれ セミナー報告 本誌「リスク対策.com」は7月22日、機 械振興会館(東京都港区)で、新型インフ ルエンザ対策セミナー「生き残る企業のパ ンデミック対策」を開催した。今回の新型 インフルエンザH1N1により、経済的な被害 を受けた業種は少なくない。実際、感染者 が早い段階から拡大した関西地方では百貨 店やスーパー、飲食店などの商業施設、観 光施設や宿泊施設、公共交通機関、イベン トホール、娯楽施設など幅広い分野に影響 が出た。一方で、企業は、自社や社会全体 への影響を最小限にとどめるため、従業員 の感染防止に努め、感染拡大の危険性があ る事業については縮小することが求められ る。そのような中で、いかに主要業務を継続させBCPを達成させればいいのか。本レポートで講演の概要 を説明する。 「企業の経営資源は無尽蔵ではなく、人、もの、金、時間には限界があ る。これらを最大限に効率的に使い、実施すべき対策について、あらゆ るステークホルダーが納得する水準を見極めて、経営トップと二人三脚 で実現することが企業の危機管理を担当する人間にとって需要な役割」。 日立製作所総務本部リスク対策部部長の小島俊郎氏の講演内容を紹介 する。 ています。モルガンスタンレーやリーマンブラザ ーズは、ERM(全社的・体系的な危機管理)や CSR(企業の社会的責任)はBCP次第であるとい います。インテルは、BCPを持たない企業とは取 り引きしない方針です。振り返れば企業の重要課 三菱総合研究所によるミニ演習では会場全体が盛り上がった セミナー レポート
2009/09 リスク対策.com 67 題であるBCP、ERM、CSRなどの活動はすべて企 業危機管理の活動とイコールです。したがって対 応の基本が最も厳しく要求される「生命」を守る 分野の企業危機管理の取り組みが、さまざまな企 業の重要課題の取り組みにつながっていくのだろ うと思います。 厚生労働省は、H5N1型の新型インフルエンザ が発生したら、最悪の場合で日本の全人口の25% が感染して、64万人が死亡すると予測しています。 オーストラリアのシンクタンクは、日本で210万 人が亡くなると分析しています。国連や世銀は世 界のGDPで3.1%、4兆ドルの影響があると発表し ています。日本のGDPでは4.1%から6.1%、つまり 20兆円から30兆円の重大な影響が出ると言われて います。一方で、国内で新型インフルエンザに対 応する医療機関は全国で300強、ベッド数にして 1700床くらいしかありません。200万人の入院が必 要な事態が想定されているのに、焼け石に水どこ ろの話ではありません。企業には、最大限の自助 努力が求められています。 私はこの仕事を担当して少し長くなりますが、 「企業の危機管理は、最悪の事態を想定して」と 強調されることが少なくありません。しかし、本 当にそうでしょうか。私は少し違うと考えていま す。企業の経営資源は無尽蔵ではなく、人、もの、 金、時間には限界があり、これらを最大限に効率 よく合理的に使うことが不可欠です。そして、そ の前提には実施するべき対策について、決して過 度ではなく不足でもない、あらゆるステークホル ダーが納得する水準を見極めて経営トップと二人 三脚で実現することが、企業の危機管理を担当す る人間の当然で、重要な役割であると考えていま す。 日立グループのBCP策定ガイドラインは、2005 年8月から1年余りかけて作りました。250ページ を超えるもので、これにのっとって日立グループ がBCP策定に取り組んでいます。リスク対策部の 守備範囲にある日立グループの会社はおよそ110 社、従業員数は20数万人、家族を入れると約100万 人という規模です。グループ会社のうち、H5N1 型の新型インフルエンザを想定した十分なBCPを 策定済みであるのは20%程度です。つまり80%く らいが取り組んでいる最中です。大規模地震を想 定したBCPでも、策定済みは50%程度の印象であ り、大きな課題と認識しています。同じ日立グル ープという枠の中であっても、危機意識に違いが あり、取り組みには温度差があります。 ■事態の把握を正確に 新型インフルエンザについては、専門家の意見 が一致しないことが少なくないようです。専門家 が10人いれば10人が別々の意見を持っていて、結 果的に危機意識にも差が生じてしまうようです。 しかし、H5N1型のような強毒性のパンデミック が起きた際の「移動制限」については、意見が一 致するようです。われわれ企業においても、有事 に際しては、勇気を持ってまず動きを止めること が必要ではないでしょうか。まずストップして、 事態を正確に把握することが対策の基本であり、 重要であるはずです。BCPについても、いわば BSP(Business Stop Plan/事業停止計画)が最も 大事な要素の一つであると認識する必要がありま す。 今年4月に起きたH1N1型発生の当初、日立グ ループは直ちに移動制限を決定しました。メキシ コの渡航禁止、メキシコに出かけている出張者と 駐在員の帯同家族を帰国させる一方、現地にいる 従業員の外出をできる限り控えて感染防止に努め ました。とにかく「止める」「動かない」ことを、 最初に考えることが重要であると思います。 今回のH1N1型発生については、H5N1型発生と 同じようにリスク評価して対応したことに対し て、政府等に批判的な報道が少なくありませんで した。しかし、それは結果論だと思うのです。 WHOは「状況を注意深く見つめる必要がある」 という主旨の発言をジュネーブで繰り返していま した。まだ毒性などが十分に判明していないと伝 えていたのです。こうしたコメントのあとで、つ まりしっかりした観察、分析作業のあとで「流行 している新型インフルエンザが弱毒性で重篤に至 ることは少ない」と発表したわけです。今回の各 方面の対応は、総じてフレキシビリティが足りな かったとは思いますが、合格点の範囲であったと
68 リスク対策.com 2009/09 セミナー報告 考えています。 ■自らの危機意識が基本 2003年のSARSの流行を振り返ってみましょう。 WHOがSARSの注意喚起を出したのは3月12日で す。実は、日立は2月13日、WHOの発表の1カ月 前に「SARS流行に注意」という対応を開始して いました。 2003年の春は、イラク戦争がいつ始まるのかと いうことに、世界中の関心が集まっていました。 実は私も、日立中国から数行のメールで「変な感 染症が流行っている」という報告を受けていまし たが、関心が持てなかったのです。そんな時、2 月11日付で北京の駐在員からA4サイズ紙が埋まる くらいの文章で、メールを受信したのです。要約 すれば「中国では『非定型肺炎』が流行していて、 感染者が相当数増えている。病院は入院患者が増 える一方。今、中国への渡航はリスクが高い」と いう内容でした。そこで、これは一大事だと理解 できて、2月13日付で日立グループに注意喚起を 発信することができました。 鳥由来の強毒性の新型インフルエンザH5N1の脅威に ついて、アニメーションで分かり易く説明するDVDがこ のほど完成した。大河ドラマ「天地人」の音楽を担当し た大島ミチルさんら国内の第一線で活動する著名なクリ エーターらが制作にかかわり、全編18分の作品の中に、 季節性インフルエンザと鳥インフルエンザ、新型インフ ルエンザの違いなど、インフルエンザに対する正しい知 識を集約させた。 作品では、強毒性インフルエンザは、現在世界で流行 している弱毒性の新型インフルエンザ(H1N1型)とは違い、全身感染を引き起こし、2003年以降これまで に世界で436人が感染し、うち262人が死亡(2009年7月1日WHO公表)するなど、症状や感染の危険に違い がある点を強調。「H1N1型が弱毒性であってパンデミックが深刻な被害を与えていないことは良かったと 言えるが、このことが非常に恐い強毒性H5N1型新型インフルエンザの脅威の過小評価につながってしまう ことが、強く懸念される」などと注意を呼びかけている。 制作は「新型インフルエンザの脅威」制作委員会で、田代眞人氏(国立感染研究所インフルエンザウイルス 研究センター長、WHO緊急委員会委員)が監修。監督は島村達 雄氏(白組代表取締役社長)、企画は岡田晴恵氏(日本経済団体 連合会21世紀政策研究所シニアアソシエイト)、原案は小島俊郎 氏(日立製作所リスク対策部長)がそれぞれ担当している。 販売価格は600円(税込み)※梱包・個別発送手数料除く。問 い合わせ申し込みは、株式会社 カイロス(http://kairos-inc.jp/) まで。 強毒性の脅威をアニメーションで説明 大島ミチルさんら著名クリエーターが製作 WHOはウルバーニ博士からのSARS警告の電話 を受け、3月12日付で世界に向けて警報を発信し ました。ウルバーニ博士の電話がなければWHO は動けなかったのでしょうか。決してそんなこと はありません。早くから多くの人間が亡くなって いる事実があり、例えばGPHIN(Global Public Health Intelligence Network)などに掲載もされて いたのです。 WHOのような国際機関でも、事実確認には時間 が必要です。口幅ったい言い方ですが、感染症な ど疾病・医療関係の情報収集も、WHO一辺倒で はあってはなりません。日本や先進諸国の専門機 関や専門家をはじめ複数のルートで情報を集め、 会社として独自の判断を素早く行うことが必要で はないでしょうか。非常に困難ですが、努力しな ければならないと思っています。 イギリスの生物学者チャールズ・ダーウィンは 「生き残るのは最も強い種ではない。最も賢い種 でもない。変化に最も敏感に反応できる種である」 と言っています。新型インフルエンザ対策も、ウ イルスの進化で大きく変わる事態にいかに敏感に 反応して行動できるかにかかっています。
2009/09 リスク対策.com 69 ■パンデミックとリスクマネジメント 世界経済フォーラム(通称:ダボス会議)のテ ーマのひとつ「グローバルリスク2009」によると、 「パンデミック(広域感染症)」の被害規模は25‐ 100兆円規模、発生の確率は5-10%です。たいし たことないじゃいか、と思わないでください。10 年以内に5-10%はほぼ間違いなく起きると考え てください。さまざまなシナリオ、環境によって 異なりますが、一企業においても相当な被害金額 になることは容易に想像ができます。 2003年に東南アジアを中心に発生したSARSは、 風評などによって間接的な経済被害がかなり出ま した。日本では感染者が出ませんでしたが、台湾 の医師が関西に渡航して、台湾に戻って発症した ことが明らかになりました。関西の宿泊施設など に数十億円規模の影響が出たといいます。こうし た予期しなかった被害がいたるところで出るのも パンデミックの特徴です。 今後起きるであろうと言われるH5N1型鳥イ ンフルエンザのパンデミックを封じ込めることは できるのか。人的なヒューマンエラーは限りなく ゼロにすることができますが、自然災害は神のな せる業で回避することができません。パンデミッ クもそのひとつです。では、起きた後はどうする か。もちろんBCMの発動がありますが、リスク・ ファイナンスもその対応の1つです。 ■パンデミックと保険 例えばメーカーの場合、パンデミックによって 操業している工場の建屋や本社の建屋などが損壊 や滅失することはありません。それを動かす人、 そこに出入りする人の動きが止まることで損害が 出るという点が、ほかの自然災害との大きな違い、 パンデミックのシナリオの難しいところです。 企業向けの保険商品を見ますと、まずパンデミ ックにおける財物保険(財物の損壊や直接損害) では支払いの対象にはなりにくいでしょう。利益 保険についてですが、社員が全員感染して工場や 社屋に入れず、その結果として利益を喪失してし まった、これは利益保険の対象にはなりません。 ところが、自治体あるいは行政から個社にこの地 域に立ち入るなと命令があった場合、利益保険の 対象となる可能性があります。これは不測の事態 であって、ある意味、不可抗力です。企業にとっ ては操業したいのに、人がいるのに働けない。操 業できなくなった原因がパンデミックであって も、その場合の損失は保険でカバーされることが あります。これらはSARSが流行した6年前にアジ アにおいて実証されていますが、今回のインフル エンザが対象になり得るかどうかは保険会社等に 確認を取る必要があります。 それから第三者賠償責任保険も支払いの対象に なり得るのですが、感染症にかかった人、あるい は訴えられた人である当事者が明らかに自分たち に過失があるという証明をする必要があります。 マーシュブローカージャパン 代表取締役平賀暁氏 取締役の責任事由が生じる 財務影響から見たBCPの必要性 「ここ数年で法環境が大きく変わった。新会社法、日本版SOX法などに より、個社がリスクに対する検証を怠ると、取締役の責任事由が発生す る。もし、パンデミックへの対策を持たず、それによって経済的な被害 を企業が受ければ…」 財務戦略の重要性についてマーシュブローカージャパン代表取締役の 平賀暁氏が講演した。
70 リスク対策.com 2009/09 セミナー報告 ■リスクマネジメントと コーポレートガバナンス ここ数年で法環境が大きく変わりました。新会 社法、日本版SOX法などです。この制定によって、 個社がリスクマネジメントの体制、リスクに対す る検証を十分に行わなければならなくなりまし た。それを怠ると、取締役の責任事由が発生しま す。取締役の免責は、何の対策も取らなかった、 あるいは認識していなかったでは弁解になりませ ん。パンデミックの対策を持たず、それによって 経済的な損失を企業が受けた場合、役員の責任が 発生し、損害賠償の対象になり得ます。パンデミ ックに限らず経済的な損失が甚大になるようなリ スクについては、あらかじめ役員が十分に認識し なければなりません。 新会社法では取締役会に名を連ねる役員全員が 認識して、さらにモニタリングして対策を講じな ければなりません。発生に対して十分な備えをす るということです。そしてそれを開示しなければ ならない説明責任があります。指数化してそれを もとに対策を打つ、打たないということを明確に することが、求められています。その範囲は連結 子会社にも及びます。 ■事業中断リスクとBCM 例えば自社がマーケットシェア6割を占める主 力商品を持っている場合、生産ラインが止まって しまったら競合他社が待ってましたとばかりにシ ェア拡大・奪回に躍起になるでしょう。これは守 る立場からすると脅威ですが、逆に自社がBCMや バックアップ体制など事業継続の強固なプランを 持っていれば、攻めの計画となります。競合他社 がそうしたプランを持っていなければ、シェアを さらに広げることができる。リスクとリターンの 関係であり、ピンチをチャンスに置き換えること ができるのです。パンデミックという大きな事象 があって、対策を打っていたことが、事業の増強 につながることにもなるでしょう。 BCMはよく企業存続や成長を持続させる防御策 だと言われています。BCMを導入しても何の利益 も上がらないじゃないか、と言われます。しかし、 もちろん起きてみないと分からないですが、実際 に起きたときにはマイナスを補うばかりか無策に 比べて早急に利益創出が可能になります。 ■財務諸表との関係 まず、事業が中断した場合の「数字」を把握し ていただきたい。部門によってはBCMを策定する 以前から十分に把握されていると思いますが、大 事なポイントは、BCMをつくる総務や人事あるい は経理の方々、経営企画の方々も「数字」を把握 しておいていただきたいのです。喪失する売上げ や利益がどのくらいかというインパクトの大きさ が分かれば、何日以内に事業を復旧しなければい けないのかという逆算ができます。BCMは事業復 旧するための道標ですので、「数字」の根拠があ れば、事業の中断を何日短縮するかによって、期 待できる利益の金額がわかります。 1日の売上げ、原価等々を計算し、期間を割り 出せれば、事業中断により総量でどれだけ喪失す るか、利益としてどれくらい跳ね返ってくるか、 人件費がどれくらいかかるのか、ボトムラインの 利益がどれくらいになるのかということを割り出 すことができます。 パンデミックに関する企業の保険には限界、あ るいは制限があります。注意点もあります。必ず しもパンデミック対策として保険が有効かどうか は言明できませんが、可能性を考えて一度、検討 と確認をしてみてください。 世界経済フォーラム2009
2009/09 リスク対策.com 71 ■事業継続の4つの要素 新型インフルエンザA/H1N1の企業への影響に ついて大阪商工会議所が実施したアンケートによ ると、小売業や飲食業、サービス業を中心に23% の企業が、売上が減少したと回答しています。新 型インフルエンザは、公衆衛生の問題であるとと もに、経済の問題でもあることを認識させられま す。 企業がパンデミック時の事業継続を考える際、 4つの要素を抑える必要があります(図表1)。 1つ目は、売上確保による経営維持。2つ目は、 従業員等の保護(感染予防)。3つ目は、ライフ ライン企業等に求められる社会機能維持。4つ目 が、感染拡大防止のための事業自粛です。企業の 事業特性に応じて、4つの要素のバランスを取り つつ、事業継続を行う必要があります。 では、秋以降の第2波に備えて企業はどう対策 を打てばいいのでしょうか。強毒性を想定した BCPを策定済みの企業も多いと思います。第1波 の経験を生かし、第2波の流行状況、社会経済状 況を踏まえつつ、強毒性を想定した既存のBCPを 弾力的に運用することでよいと思います。 強毒性ウイルスによるパンデミックへの備えも 必要です。第1波早期の神戸市繁華街のような状 況、さらに深刻な事態が全国で起きるでしょう。 2カ月間流行が続き、多数の死者も発生します。 企業には、長期戦の戦略と戦術が求められ、流行 終息後の復興方法も検討が必要です。 ■シビアリティ・インデックス 米国ではシビアリティ・インデックスという考 え方があります(図表2・3)。新型インフルエ ンザの死亡率に応じてカテゴリーを区分し、取る べき対策についても強弱をつけるというもので す。1番弱いカテゴリー1は、死亡率が0.1%未満 で季節性のインフルエンザと同じため、学校や職 場・コミュニティの活動は普段通りでいいわけで す。しかし、一番厳しいカテゴリー5となると、 致死率2%以上と1918年のスペインインフルエン ザと同じ被害が想定されるため、学校閉鎖や会議 の自粛、交通機関や職場の人口密度を減らすなど の対策が推奨されることになります。 弱毒性を対象としたBCPを1から作り直す必要 はなく、シビアリティ・インデックスに応じて、 この対策は実施する、この対策は実施しないなど、 ○と×をつけておき、第2波流行時に既存のBCP 三菱総合研究所 科学・安全政策研究本部 主席研究員木根原良樹氏 事業特性で影響は異なる パンデミックBCPとシビアリティ・インデックス 「事業の特性によってパンデミックの影響は違い、おのずと取るべき継 続戦略も違ってくる」「医療機関のように社会機能維持者でありながら事 業継続が難しい企業については玉砕しないことが重要。そば屋は出前専 門にすれば感染リスクを減らしつつ、需要に応えることができる」…。 財務的な視点を含めたパンデミックBCPについて三菱総合研究所主席 研究員の木根原良樹氏が講演した。 図表1
72 リスク対策.com 2009/09 セミナー報告 を弾力的に運用すればよいのです。 ■事業影響と継続戦略 パンデミックの影響は事業の特性によって異な ります。図表4は、パンデミックの事業への影響 を、市場や社会からの需要の変化と、事業継続の 困難さの2つの軸で整理したものです。 例えば、発電所は、パンデミック時でも電力需 要は極めて高いですが、運転員等の感染リスクを 管理すること等により、パンデミック時の事業継 続は十分に可能と思われます。一方、病院は、同 じくパンデミック時でも社会の需要は高いです が、院内での感染リスクが高いとともに外部委託 業務が多いなど、業務を継続するには相当の努力 が必要です。 次にネット販売は、パンデミック時は多くの市 民が家にこもるため需要が増え、感染リスクも低 いため、事業継続は容易です。一方、そば屋のよ うな飲食店については、市民は外食をしたいとい う需要はあっても、店内での感染リスクを恐れて 来店しないと思われ、パンデミック時に仕事を続 けることが難しくなります。 このほかIT工場は、従業員の感染リスクは高く ないと考えられますが、パンデミック時に電気製 品が売れなくなる中、工場を稼働させる意味が低 くなります。旅館などは、旅行客が減って需要が 落ち込む上、不特定多数の宿泊客が集まると感染 リスクが高く、事業継続は難しいと言えます。 つまり、事業の特性によってパンデミックの影 響が違い、おのずと取るべき継続戦略も違ってく るということです。 社会機能維持にかかわる企業や、パンデ ミック時に業務が増える企業は、感染対策 をしっかり整えた中でBC(事業継続)に努 めることが対策の基本です。一方、医療機 関のように社会機能維持者でありながら事 業継続が難しい企業については、パンデミ ックで玉砕しないことです。つまり処理能 力以上の患者を受入れてしまうと、医師や 看護師が過労で倒れ、大規模な院内感染を 招き、病院が再起不能となってしまいます。 玉砕しないためには、受入れ可能な患者数 を把握し、事前に市民や関係機関の理解を 得ておくことが重要です。 そば屋は、店内での感染リスクがネック ですが、出前専門にすれば感染リスクを減 らしつつ、需要に応えることができます。 業態を変えることで事業継続が可能となる、 こうした知恵を絞ってみることです(図表5)。 パンデミック時に需要が大きく落ち込む 企業は、財務対策が最重要となります。ま た、業態を変える工夫もあってよいと思い ます。例えば旅館の近くに発電所があるな ら、運転員専用の宿舎にするなどの工夫で す。 図表2 図表3
2009/09 リスク対策.com 73 ■業務資源の確保 事業を継続させるためには業務資源の確保が必 要です。 最も大切なのは従業員の確保です。派遣社員や パート従業員が出社してくれそうか確認してお く、保育園等が休みになった場合に出勤できない 従業員を把握しておく。部署間の人材応援を可能 としておくことも重要な対策です。また、感染者 が出た場合、どの範囲の従業員を濃厚接触者とし て一時待機とするかも検討しておきましょう。 製品納品先や原材料調達先などのサプライチェ ーンや、設備保守業者などのサポートチェーンと 互いのBCPを摺り合わせておくことが重要です。 サプライチェーン全体でN%まで操業すると決め ておく。ある1社で感染者が1人出て事業所を閉 鎖したことが、サプライチェーン全体を停 止させるようなことは避けるべきです。 ■財務対策 財務対策を考える上で、パンデミックに よる市場影響を想定する必要があります。 米国のある想定では、娯楽・観光は80%減、 ホテル・外食も80%減、交通・倉庫67%減 などと推定しています。自社の売上がどう なるか大まかでよいので定量化した上で財 務上の手当てを講じます。あらかじめ資本 金の積増しや損害保険に加入したり、パン デミック時に支出を削減、緊急融資を要請 することです。 現状、日本ではパンデミックを対象とし た損害保険や緊急融資予約は難しいようで すが、CATボンド等の自己防衛策を検討す る価値はあります。 もう1点、企業間取引上の財務問題があ ります。建設会社では、工事が遅延すると 罰金を支払いますが、パンデミックでも工 事保険が下りるのか確認が必要です。不動 産会社では、テナントが休業で売上ゼロで も賃料を取るのか、協議が必要です。 金融危機では多くの会社が、従業員の就 労時間を減らし賃金をカットしました。パンデミ ックでも同様の賃金カットが実施されることでし ょう。パンデミック時の賃金等について、従業員 と話し合っておくことも大切です。 ■正月休み 正月休み、ほとんどの会社や店舗が休みますが、 織り込み済みのこととして皆が行動するので社会 的混乱は起きません。パンデミックの期間を、企 業や市民が正月休みのように過ごすことがイメー ジです。企業が事業継続レベルを、消費者や取引 企業、業界、行政等の意見を聞いて決め、その情 報をあらかじめ共有し、パンデミック時に計画通 りに行動すれば、結果として罹患者も経済影響も 最小限に抑えることができるのです。 図表4 図表5